私が結論を出すことにこだわるのは株式投資が原因かもしれない

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私はとにかく結論を出すことに執着しています。

ですが、私の周りにはそもそも結論を出そうという意識がない人もかなりの人数いて、私はそんな人たちに対してとてもストレスを感じてしまいます。

それが原因での人間関係での衝突も度々起こしていて、そのたびに自分は本当に社会不適合者なんだなと感じさせられます。


そんな社会に馴染めない私ですが、私が結論を出すことに異様にこだわるのは私が株式投資を行っていることと大いに関係しているのかもしれません。

結論を出すことに対する賛否

仕事において私がもっとも重視している能力は結論を出す力です。

ビジネスの世界ではあらゆる物事に対して常に何らかの結論を下していかなければなりません。

そして、そのためには論理的かつ多面的な思考力を磨いていくことが必要不可欠です。

そうした思考力を磨いて確度の高い情報を提供できる人間になることがチームからの信頼を得ることにもつながるものだと私は思っています。


しかしながら、こうした結論を重視する私の考えや態度は決して万人に受け入れられるものではありません。

私の周りの人たちをみると、むしろ結論を出そうとしない人たちのほうが多いのではないかという印象です。

結論のない会議、「それはケースバイケース」や「それとこれとは話が別」といった論理性に欠ける主張、そういったものに私は強い不満を感じています。

【参考記事】

私が結論を出すことに異様にこだわるのは株式投資が原因かもしれない

そんな私ですが、私が結論を出すことに異様にこだわる原因を追っていくと、それは私が趣味としている株式投資に端を発するのではないかと感じるようになりました。

株式投資は常に決断を迫られるものだからです。


ある会社の株価が上がるか下がるかといった質問に対して、確信を持って答えられる人などおそらくいないはずです。

可能性の話で言えば、今後株価が上がる可能性が高いか下がる可能性が高いかを答えることは可能でしょうが、それは絶対ではありません。


このような株式投資に対し、株価が上がるかどうかについて「ケースバイケース」と答えることは当然ながら間違いではありません。

それは正しい回答です。

しかしながら、このような回答は何も生み出すこともしません。


一方で、「ケースバイケース」ながらも株価が上がる可能性が高いか低いかを現在与えられている情報から判断して株式に手を出すことは、何かを生み出すことにつながるものです。

その何かは利益かもしれませんし、損失かもしれません。


ただ、そういった何かを生み出す行動の重要性を株式投資を通じて実感してきましたし、そのことが私のやたら結論にこだわる性格を形成しているような気がしています。

結論を出さないことは正しいか

株式投資の話を持ち出すと、結論を出すことはギャンブル的な思考のような印象を与えかねず、これは少々誤解を生んでしまうかもしれません。

しかしながら、多くの会社は営利団体のはずです。

利益を生み出していかなければならず、そのためにはリスクを取ってでも行動を起こしていく必要があるはずです。


結論を出さないことは簡単です。

ですが、そうやって結論を出さず何も行動しなければ何も生まれません。

結論を出せない人たちは、言ってみれば何も生まない存在なのです。

会社が事業を継続することができているのは、そのような人たちではなく、物事を決断し、行動してくれている人たちのおかげなのです。

そのことを忘れてはいけません。


ですから、何事にも結論をつけない人たちは私の尊敬の対象には決してならないのです。

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