会社には社員のやる気の受け皿がない

この記事は約3分で読めます。

会社が求めている人材とは、優秀であることはもちろん、やる気に満ちていて何事にも果敢に挑戦していく人、そんな人たちではないでしょうか。


ですが、私はこう思ってしまうのです。

果たして会社にはそうした社員のやる気の受け皿があるのだろうか、と。


会社は、やる気を持った社員に十分報いることができてないように私には思えてしまいます。

会社はやる気のない社員であふれている

こうして偉そうなことを言っている私も、今では仕事に対するやる気をすっかり失ってしまいました。

こうして「自分は仕事以外で儲けてアーリーリタイアするんだ」などといったように、傍から見れば相当痛々しいブログを書いているくらいです。


ただ、それは周りの人たちも同じではないかと思えてしまいます。

会社には社員のやる気に応えられる環境が整備されていないように思えます。

日本の企業には、年功序列の考え方が今もなお根強く残っています。

よほど優秀な社員でなければ、その構造を崩すことはできないでしょう。

会社の人たちはごく当たり前のことをしている

私が入社して間もない頃、当時の上司(係長)から次のような話をされたことを今でも覚えています。

「時間をかければある程度できるようになるのは当たり前。大切なのはいかに早くできるようになるかということ。」


その言葉は当時の私には刺さりませんでしたが、今の私には刺さるものがあります

当時の私はまだあまりにも未熟で、まわりの人たちと自分の力量の差を認識することができませんでした。

ですが、ある程度の経験を積んだ今ならそれがわかるようになりました。


今になって思うのは、会社の人たちの多くは彼らの立場からすればごく当たり前のことをしているのに過ぎないということです。

おそらく、大した努力はせずとも周りの人たちの年齢に到達する頃には彼らのレベルにはたどり着けるはずだと私は感じています。

一体何のために努力するのか

ですから、こう思ってしまうのです。

それならば一体何のために努力しなければならないのか、と。


おそらく、今の職場にいる限り、自分はこのまま何の努力もせずとも十分通用するはず、少なくとも自分ではそのように思っているわけです。

それが本当であればもはや努力は不要でしょう。

先程述べた通り、圧倒的に勤続年数がものを言う日本の会社において、その評価を覆すことは難しいのです。


きわめて優秀な社員になるために努力を続けるのか、それとも苦労を避けながら平凡な道を歩むか、両者を天秤にかけたときに私には後者の選択のほうが合理的な選択に思えるのです。

会社には社員のやる気の受け皿がない

そもそも、会社には社員のやる気の受け皿が用意されているのでしょうか。

仮にやる気に満ちた社員が入ってきたとして、彼らの高い志に同僚や上司たちはついてこれるのでしょうか。

そこに大いに疑問に感じてしまいます。


本気で何かに取り組もうとするならば、ときにはこれまでのやり方を根本的に変えていくことも必要になってくることもあるでしょう。

それを快く思わない人たちも中にはいるはずです。

同僚たちと衝突し、嫌気が差してしまうかもしれません。


会社はやる気に満ちた社員を求めているはずです。

ですが、そんなやる気のある社員に会社は十分報いることができていないように私には思えます。

やる気のある社員にはもっと別の活躍の場があるのではないかと思えてしまうのです。


会社が求めている人材とは、やる気はあるけどあり過ぎない、自社で活躍してくれるけれども活躍の場をその会社以外に求めることはしない、そのような人たちではないでしょうか。

コメント

タイトルとURLをコピーしました