「仕事をした気にさせる」という仕事

この記事は約3分で読めます。

今の自分の仕事に対してやりがいは一切感じません。

仕事に対して責任感を覚えることもありません。

そもそも、本当に行う価値があるのかどうかわからない仕事も多いです。


中でも、私がもっとも価値のないと思う仕事が誰かを「仕事をした気にさせる」という仕事です。

仕事をした気になっている

会社の中で組織の一員として働いていくのであれば、情報共有は欠かすことのできないものです。

情報の共有を図るために、多くの会議や話し合いが日々行われています。


ただ、情報共有というのはそれ自体が目的ではないはずです。

情報共有は業務の属人化を防ぎ、業務の効率化に寄与するものです。

ですが、それはただ情報を共有しているだけで成し遂げられるものではありません。

共有した情報をどう活かしていくかが重要なわけです。


それにもかかわらず、いつしか情報を共有すること自体が目的となってしまった、情報を共有しただけで仕事をした気になっている、自分や周りに対してそう思えてしまうことがしばしばあります。

「仕事をした気にさせる」という仕事

会議を行いたがる上司は多いです。

それは、きっとこの会議というものが「仕事をした気になれる」という性質を持つからでしょう。


ただ会議に出席して話を傍聴しているだけで、多くの情報を獲得することができます。

それによって、まるで自分がその仕事の当事者にでもなったかのような感覚が得られてしまうのです。


もちろん、それでもその情報を基に適切なフィードバックを与えてくれるのであればいいのですが、実際は上司はただ話を聞いているだけでこちら側は何も得られないということも多いです。

自分からは簡単な報告しかしない、(報告がないから)その人が一体何の課題に取り組んでいるかもわからない、それでいて意思決定を求められれば「関係者で決めろ」の一点張り、そんな上司を相手にしていると、一体自分は何のために報告を行っているのだろうといった気持ちになります。

自分がしている仕事は上司に「仕事をした気にさせる」ことなのではないか、そう思えてしまうのです。

話を聞くだけの人

部下の話を聞かない上司はもちろん論外です。

ですが、では上司は部下の話を聞いてさえすればそれでいいのかといえば、それも違うと思います。

やはり、私は上司にはただ話を聞くだけでなく、適切なフィードを与えてくれることを望みます


もちろん、ただ話を聞いてくれるだけでいい、心の拠り所になってくれる、そのように周りから慕われる人たちがいるのも事実です。

ですが、すべての人がそのような人間にはなれないと思いますし、自分がそういった人間になれると考えるのは少々傲慢でしょう。


そして、私自身もこの「話を聞くだけの人」になりかねません。

自分で何かを作り上げるのではなく、そういった人たちのサポートをする仕事、いわゆる間接業務を行う立場だからです。

周りの仕事の状況を聞いてそれをまとめるだけ、そんな仕事がまかり通ってしまいます。


ですから、自分の仕事に対してやりがいを感じられないのです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました