「告ハラ」から考える社会人としてのマナー

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現代は「なんでもハラスメント時代」と言えそうです。

「セクハラ」や「パワハラ」をはじめとする〇〇ハラスメントですが、ネットで「ハラスメント 種類」で検索してみたところ、なんと現代のハラスメントの種類は35~60種類にも及ぶそうです。

(ちなみに、65種類のハラスメントが紹介されていたサイトには、私がもっとも危惧している「ロジハラ」は紹介されていませんでした。)

【参考記事】


もっとも、こういったハラスメントの大半は一種のジョークとして受け止めるべきで、どちらかというとどのような行為が相手にとって不快に感じるものなのかを知るのに役立てるべきでしょう。


そこで、今回はこのような何でもハラスメントのひとつである「告ハラ(コクハラ)」について考えてみたいと思います。

「告ハラ」とは?

「告ハラ」または「コクハラ」は「告白ハラスメント」の略で、その言葉の通り告白することで相手に不快感を与える行為です。

もっとも、この説明だけでは言葉足らずです。


この「告ハラ」の前提にあるのは「無謀な告白をすること」です。

勝算のない無謀のない告白は相手に不利益をもたらす可能性のある行為であると言っているのです。

「告ハラ」の問題点

「告ハラ」の問題点は、相手のことを考えない身勝手さです。

告白する当人からすれば、勇気を振り絞って自分の気持ちを伝えただけかもしれません。

ですが、告白された側からすれば、意中でない相手から告白されることは必ずしも喜ぶべきことではありません。

告白を断るにしてもそれなりに気を使うでしょうし、告白を断った後にもお互いに気を遣ったり気まずくなってしまったりして、仕事に支障が出てしまうかもしれません。

そして、何よりも、意中でない人間から告白された側の気苦労を考えられない相手のデリカシーの無さに不快感を感じてしまうかもしれません。


ハラスメント認定されてしまっても仕方がないような気もします。

「告ハラ」から考える社会人としてのマナー

今回はこの「告ハラ」について取り上げたわけですが、別に愛の告白の話をしたかったわけではありません。

この「告ハラ」から社会人としてのマナーを考えてみたかったのです。


というのも、私にとって告白という行為は最終確認、いわば答え合わせに過ぎないという認識です。

例えるならば、告白はビジネスでの承認や契約です。


たとえば、突然相手から突拍子もなく何かの書類を突き出されて「これにサインしてください」などと言われたらどうでしょう。

びっくりするでしょうし、何より相手に対してビジネスリテラシーの低さを感じないでしょうか。

普通、こういった作業にあたっては、あらかじめその内容を話し合ってお互いに納得した上で、承認はその最終確認として行うものです。

それが社会人としての立ち回りだと思います。


「告ハラ」の前提にある「無謀な告白をする」「脈なしの状態で告白する」とは、こうした前段のプロセスを飛ばして告白することです。

脈がないと自覚した上で自分の気持ちにけじめをつけるために告白するにせよ、そもそも告白という行為自体を両者の関係を劇的に進展させるものと思い込んで告白するにせよ、いずれにしても自分都合で自分勝手な印象は否めません。


学生ならそれでも十分だと思います。

ですが、社会人が職場などでそういった行為に及んでしまえば、ハラスメント以前に社会人としてのマナーができていないと非難されてしまっても文句は言えないでしょう。

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