日本の会社に多様性は早すぎる

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現代社会において特に重視されている価値観の一つに「多様性」があります。

かつては画一的な人材を望んでいた企業においても、近頃は個人の多様性を尊重しようという考えが広まりつつあります。


こうした考えが広まりつつある一方で、会社の現状というのはそうした個人の多様性を受け入れていくための体制が確立できていないように思えます。

日本の会社に多様性は早すぎる、私はそう感じています。

日本の会社は多様性を評価できない

そもそも、現在の会社の上の立場にいる人たちというのは、画一的な人材、画一的な考えが求められていた時代に評価されてきた人たちです。

したがって、彼らもまた画一的な人材であると言えます。

そういった人たちに、これからの若い世代の多様性を十分に評価できるのかについては甚だ疑問が残ります。

実際、多くの会社の人事評価制度や賃金体系というのは、こうした個人の多様性を正当に評価できるものにはなっていないように思えます。


これまでの企業に求められていた人材とは、仕事を美徳とし会社に忠誠を尽くす社員でした。

企業はそのような画一的な人材を育成することに注力し、またそうした人材を前提とした評価制度や賃金制度を構築してきたのです。

【参考記事】


しかしながら、個人の多様な考え方、働き方を尊重するのであれば、それに見合った人事評価や賃金体系の仕組みが必要なはずです。

旧来の画一的な働き方、人材を求めていた時代の画一的な評価制度や賃金体系だけが残る中で、個人の働き方の多様性を受け入れようとすれば必ず矛盾が生じます


ですから、昔ながらの人事評価制度や賃金体系が残る会社において、個人の多様性を受容することはまだまだ難しいことだと思うのです。

企業の取組みの犠牲になる者たち

また、こうした企業における形ばかりの取組みは、それに付き合わされる人たちに大きな犠牲を強いることになるかもしれません。


私の勤める会社でも、かつてはほとんどいないに等しかった女性社員を最近は積極的に採用するようになってきましたが、これもこうした多様性を意識してのことかもしれません。

ですが、多種多様な人材を採用するはいいものの、その個人の多様性を活かすための組織作りなどをするわけでもなくただ形だけ取り入れたところでそれが定着するはずもありません。

結局のところ、現場が画一的な人材を望むかぎり、その考えにそぐわない人材はいずれはそこを去ることになるでしょう。


「我が社は多様性に寛容である」

そんな会社のアピールに付き合わされる人たちこそ一番の被害者と言えます。

日本の会社に多様性は早すぎる

多様性を受容していくことはこれからの時代においてはとても大切なことですが、同じような価値観、同じキャリアビジョンを持つ仲間が集まることは、チームとしての集団意識を高めていくことにつながります。

画一的な人材を望むことも決して間違いではないのです。

むしろ、安易に個人の多様性を受け入れることは、こうした日本の会社の強みを奪うことにもつながりかねません。

【参考記事】


日本の会社に多様性は早すぎると感じます。

まだまだ画一的な価値観を良しとする風潮が根強い日本企業が社員の多様性を受け入れようとしたところで、会社にとっても社員にとってもあまり有益なものとはならないと思います。

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