役職と同じように社員の等級を明らかにしてほしい

この記事は約4分で読めます。

社内の役職付きの方にメールを送る際、「〇〇課長」といったように宛名に役職名をつけて呼ぶことも多いと思います。

私は、等級制度がある会社では社員の等級を明らかにしてほしいと思っていて、なんなら以下のようにメールの宛名に等級をつけてもいいと思っているくらいです。

「〇〇様(5等級)」


社員の評価はあくまでその等級基準で行われるべきだと考えているからです。

社員の評価は等級ごとに定められている要件に従って行われるべき

大抵の会社には社員の序列を決めるものとして等級制度のようなものがあるはずです。

この等級制度においては、社員の能力や役割、責任などの要件がそれぞれの等級ごとに定められていることだと思います。

すなわち、社員に求められる基準はその社員の等級によって異なるのです。


私は、社員の評価はしっかりとこの等級で定められている要件に従って行われるべきだと考えています。

評価は基準と結果の照合作業

私は現在、製品や部品の評価にかかわる仕事に従事していますが、評価とはいわば基準と結果の照合作業と言えます。


たまに結果だけを見て物事の良し悪しを判断しようとする人がいますが、それは正しい評価のステップとは言えません。

ある製品の採用検討中に、仮にその製品が優れていることを示す膨大なデータが提示されたとして、果たしてその製品は優れた製品と言えるのでしょうか。

どれだけ膨大なデータが提示されたとしても、我々が真に望むデータ(要求)はその中にはないかもしれません。


結果から入るのではなく基準や要求から入って基準に対する結果の是非を判断するというのが客観的な評価を行うための鉄則と言えるのです。

社員の評価もこれと同じことが言えると私は思っています。

私が会社の昇級試験を拒否する理由

私の会社にも等級制度は存在していて、昇級試験に合格することでこの等級が上がっていく仕組みとなっています。

私自身、この昇級試験を受験できる年齢には達しているのですが、私は毎年この昇級試験の受験を見送っています。

同世代の社員たちが続々と昇級していく傍ら、私は昇級することなく低い等級を維持しています。


私が会社の昇級試験を受けない理由はいくつかあるのですが、その理由のひとつがシンプルに自分が高い等級に値しないと考えているためです。

私は、自分の仕事をちょろいと思っています。

手を動かさない、知恵も出せない、口だけは出す、そんな仕事だと思っています。

自分がこうして生活できているのは自分の力によるものではない、会社を支えてくれている人たちの頑張りのおかげで自分のような何の役にも立っていない人間が会社に居座り続けることができる、そのような周りの人たちに対する引け目や後ろめたさを感じています。

そのような中でせめて私にできることといえば、低い等級のままでいることで少しでも給料を抑えてコスト抑制に貢献することだと思っています。


自分はあなたたちよりも低い等級(給料)で働いている。だから許して。

そんなアピールをするために、私は昇級を拒んでいると言えるのです。

役職と同じように社員の等級を明記してほしい

しかしながら、このような私の思いは実際には全く機能していません。

そもそも、役職などとは違って社員がどの等級にいるかといった情報はそれほど公にはなっていません。

年齢や役職などからある程度のところは推測することはできますが、少なくとも私の会社ではその社員の上司などでなければ確実に知る方法は本人の口から聞くほかありません。

その社員がどのような立ち位置にいるのか、その社員を評価する基準となる情報が(その社員の上司以外には)公開されていないのです。


役職と同じように社員の等級を明記してほしいものです。

それによって、その社員を見る目が良くも悪くも変わるかもしれません。


もっとも、日本の会社ではそのような等級ごとに定められた要件などまるで考慮されずに仕事の割り当てや評価が行われているのは十分承知しています。

むしろ、情意評価(態度や意欲を評価するプロセス)が大半を占める現状の評価制度では、昇級試験を受けずに低い等級のままでいることは評価を下げる要因になります。

「低い等級基準でみれば高いレベルの仕事をしている」として評価が上がるのではなく、「等級を上げるための努力をしていない」と判断され、低い等級にもかかわらずそこからさらに評価が下がることになるのです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました