私が会社のチームワークを嫌う9つの理由

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私が仕事上で用いられる言葉の中でもっとも嫌いな言葉、それが「チームワーク」です。

もともと協調性に乏しい人間ではありましたが、会社で長年働き続けた結果、今ではこの言葉を心底毛嫌いするようになりました。

社員は仲間であり、皆で力を合わせながら成長していく。

そんなのクソ喰らえです。


この記事では、私が会社のチームワークを嫌う9つの理由についてお話しさせていただきます。

チームワークは仕事をしない社員を生むから

私にはチームワークやチームプレーという言葉が都合のよい言い訳に聞こえてしまうときがあります。

「チームで考える」「チームで決断する」というスローガンのもとに、みんなで取り組むことそれ自体が目的だと思っているのではないかと感じる場面に遭遇することが多々あります。

また、このようなチームで取り組むという風土で育ってきたがために、自分自身では何も判断できず決断できない、そのような印象を持ってしまう人も周りに少なくありません。

皆で集まってその場にいるだけで仕事をした気分に浸っているんじゃないかと疑いたくなります。


漠然としたチームワークは、仕事をしない社員を生むだけだと思うのです。

また、そうして必要とされていないのにも関わらずチームの一員に加わることを強要されるのも、それはそれで結構つらいものなのです。

チームワークは同調圧力につながるから

チームワークは同調圧力と表裏一体だと感じています。

チームワークを掲げている会社に限って、社員同士のつながりを意識しすぎるあまり、結果として社員同士で本音をぶつけあうことができません。

相手に対して不満を持っていたとしても、それを表に出すことは憚られます。

上司へのゴマすりや忖度も日常茶飯事です。


このような同調圧力が常態化してしまうと、社員の事なかれ主義が蔓延してしまい、現状抱えている問題点が改善されることなく放置されてしまいます。

問題のある社員が野放しにされる一方で、放置されている問題に苦しみ続ける社員も生まれるのです。

チームワークは業務効率を損ねるものだから

昨今は業務効率化などといったワードがトレンドで、企業は社員に対して業務効率の向上を求めます。

しかしながら、この業務効率化とチームワークは非常に相性が悪いもののように思えてしまうのです。


一人や二人でできることを皆でやろうとする。

たいした議題でもないのに、わざわざ大勢を集めて会議をする。

そのような仕事のスタンスは、仕事をしない人を生むだけでなく、仕事をしようとしている人たちの時間を無駄に奪いかねないものです。


本来、チームワークは各自がそれぞれの与えられた責任と役割を果たすことで全体としての最適化を図るものです。

しかしながら、現実には、チームワークという言葉に甘え、ただ責任を転換し合うだけの非効率極まりないチームがはびこっているというのが多くの実態です。

チームワークは曖昧な評価につながるものだから

人事評価の基準には様々な基準がありますが、そのひとつに情意評価というものがあります。

この評価は仕事に対する態度や意欲を評価するもので、協調性や積極性など必ずしも成果や能力として表れない個人の資質を判断します。


チームで取り組んだ、チームを活性化させた、チームワークを重視する会社というのはこのようなフレーズを好みます。

ですから、チームワークを掲げる会社は社員の評価として成果というよりもむしろそのプロセス、つまりこの情意評価に重きを置きがちです。


しかしながら、このような情意評価は曖昧で主観的にもなりやすい評価でもあります。

会社が自社の社員のことをどう評価しようがそれは会社の勝手ではありますが、曖昧な基準に基づく評価は個人の意欲を著しく損なわせるものとなります。

チームワークはピラミッド型の組織と不釣り合いに思えるから

日本の会社の多くがトップダウンで物事が決まっていくピラミッド型の組織となっています。

ピラミッド型組織においては、上から下に命令や指示が伝わっていくのが基本です。


しかしながら、部下に対して漠然とした要求を叩きつける一方で具体的な判断や指示はしないという上司も少なくありません。

そんなとき、彼らは揃ってチームという言葉を盾にして自己を正当化をしようとします。

自分が判断することではない、それはプロジェクトチームで決めろ。


それが必ずしも間違っているとも思いませんが、同時にこうも思ってしまいます。

だったら管理職なんていらないよね、と。

彼らは高い権限と報酬を手にするだけで、それに伴う責任を果たしていないように思えます。

少なくとも、私はこのような上司を一切必要としていませんし、実際いなかったところで特に都合が悪いということもなく物事は進んでいくでしょう。

チームワークは周りの人間との相性に大きく左右されるから

職場における不満の中でも一二を争うものが社員同士の人間関係です。

チームワーク重視の社風は、あくまでこの人間関係に真っ向から向き合おうとするものです。


確かに、仲間同士の信頼関係が築けている間柄であれば、チームワークはチーム全体に良い効果をもたらすかもしれません。

しかしながら、信頼関係がまるで築けていない者同士にとって、チームワークを強要されることは大きな苦痛となります。


チームワークを重視することは、社員の意欲やパフォーマンスがそのチームの出来に大きく左右されるという危険性をはらんでいます。

そして、自分がどのチームに所属するか、どのような人たちと働くかを我々は自分自身で選択することができません。

それが会社におけるチームワークの大きな問題点だと言えます。

チームワークは異なるビジョンを持つ人同士を強引に結びつけようとするものだから

一緒に働くチームを形成する人数が一人や二人程度であれば、同じビジョンを共有することも可能でしょう。

しかしながら、その人数が増えてくると、ビジョンを共有することも簡単にはいかなくなってきます。


チームワークは異なるビジョンを持つ人同士を強引に結びつけようとするものだとも言えます。

あの人はこう言っているけども、別の人はこう言っていて一体どちらに従えばいいのかがわからない。

そういった場面に出くわすたびに、チームで仕事をしていくことの難しさを感じさせられます。

仕事でもっともつらいのは、このようなさまざまな人々の感情面に配慮して折り合いをつけなければならないことです。

しかも、チームワークを重視する会社に限ってそのような意見や考えの対立を調整する機能や仕組みというものがなかったりするのも困りものです。

チームワークは信頼関係を築くという意識を薄れさせるから

本来、チームワークというのはお互いの信頼関係があってこそのものだと思います。

ところが、このチームワークという言葉がひとり歩きしてしまうと、信頼関係を築くという意識をかえって薄れさせてしまう恐れがあります。


自分にとって貢献度はないに等しい、そんな信頼関係など全く築けていない相手に協力したいと思うはずもありません。

しかしながら、チームでの働き方を前提としている職場だと、困ったら周りが助けてくれる、なんとかしてくれるといった甘えが生じやすいと感じます。

このような意識は相手の信頼を勝ち取ることへの意識の低下をもたらし、社員の成長を大きく阻害するものです。

会社に本当の仲間などいないから

サラリーマンは雇われの身です。

我々をつないでいるのは理念やビジョンなどではありません。

会社は同じビジョンを持つ者同士が集まる場所などではなく、ただ一定水準の収入と福利厚生を望む人々の集合体でしかありません。

そのような社員同士の間に真の信頼関係など生まれるはずもないと思うのです。


会社の人間関係は、所詮うわべだけの付き合いに過ぎません。

本当に困っている社員に手を差し伸べてくれる社員などごくわずかです。

そんな彼らがチームワーク論を語ることに違和感や不快感を感じずにはいられないのです。

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