管理することと共有することの違い【ナレッジマネジメント】

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私の所属する部署ではナレッジマネジメントというものを行っています。

ナレッジマネジメントとは、各自が所有する知見(ナレッジ)を社内全体で共有化して作業の効率化や全体の底上げを図っていくことを目的とした取り組みです。

(ナレッジマネジメントについてはこちらの記事も参考にしてください。)

【参考記事】


各自が所有する知見(ナレッジ)を社内全体で共有化していこうというこの取り組み。

私の部署ではそうしたナレッジを社内システムに登録するようにしています。

その考え自体はいいと思うのですが、私が不満があるのはそのあとです。


この登録を行った後に、そのナレッジに対して上司から承認をもらう必要があるのです。

そして、そのナレッジが承認されてしまうと、以降そのナレッジを編集することができなくなってしまいます。

(再度編集したい場合には、上司から差し戻しをしてもらう必要があります。)


この考えが私にはどうにも理解できません。

そこで、今回はそれについて私の考えをお話しさせていただきます。

管理することと共有することは違う

会社の業務には承認という作業がつきものです。

確かに、会社に所属している以上は一個人の判断ではなく会社の意向に沿った判断が必要で、それには上司の許可(承認)を得るというプロセスが必要なのは理解できます。

ただ、この承認という作業をあらゆる業務に適用し過ぎるのも、果たしてどうなのかと思うところがあります。


そもそも、ナレッジマネジメント(管理)という言葉があまり良くないのかなと感じてはいます。

この取り組みは個人の知見を社内で共有していくことが目的のはずです。

その目的に対して、共有することと管理することは少しベクトルが違うというか、管理することによって本来の目的(共有すること)が阻害される可能性があるのです。

ナレッジはアップデートされるもの

私は、このナレッジを管理することそのものを否定しているわけではありません。

確かに、上司の立場からすれば部下がどういった知見を所有しているかを知っておきたいと思う気持ちは理解できます。


ただ、管理することによる弊害のことを問題だと言っているのです。

今回の例でいえば、管理による弊害とは承認後に編集ができなくなることです。


厳密にその取り交わし時点での内容(情報)を管理する必要があるものはもちろん存在します。

そういったものに対しては、あとからの改ざんを防ぐという目的で編集に制限をかけるといったことは必要でしょう。


ですが、ナレッジというのはそのようなものではないと考えています。

ナレッジ(個人の知見)とは常にアップデートされていくものです。

本人としても不完全なものだとわかっている場合もあれば、他者からの指摘によって情報の不備や間違いに気づく場合もあるわけで、ナレッジマネジメントに求められるのはそうした情報を社内全体でより良いものにしていくためのシステムや体制の構築であると考えています。


承認や管理は、この目的において大きな障害となりうるのです。

どうしても管理したいならナレッジを社内標準に展開したものを管理すべき

それでも、こう言っている人がいるわけです。

「いやいや、その(管理されていない)ナレッジを使って問題が出たらどうするんだ。やはり、管理は必要だ。」


もしもそのように考えるのであれば、集まったナレッジを社内の業務標準(マニュアル)に展開すればいいんです。

そうすれば、社内標準(マニュアル)は管理対象ですから正しく管理できるようになるはずですし、また厳密な管理が必要であると考えるならばそうすべきです。


そうした検討を一切せずに、ナレッジを後からアップデートできないという私の意見(クレーム)に上司から差し戻しをしてもらえればいいと回答する担当者に対しては、ただの形だけの取り組みをしているように思ってしまうのです。

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