仕事に会議は必要なのか?ミーティングは立ち話やメールと同列の業務

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新型コロナウイルスの感染拡大の影響は企業活動にも影響を与えています。

集団感染を防ぐためのテレワークや時差式出勤など、人々の働き方が大きく見直されつつあります。


会議もそのひとつです。

人が集まる会議を自粛する動きが世の中的に広まっています。


それで思うのが、そもそも会議って本当に必要なのか?ということです。

会議には2種類ある

一般的に、会議といっても大きく2種類に分けられると思っています。

会社の業務フローに組み込まれている会議そうでない会議です。


たとえば、ISO9001規格の認証を取得している企業であれば、規格の要求への適合性を保証するために組織運営の業務フローを用意している会社も多く、その業務フローの中に定められている会議というものが存在します。

このような会議が業務フローに組み込まれている会議と言えます。

ISO9001規格とは品質マネジメントシステムを保証する国際規格です。
ISO9001規格の認証を受けることで、サービスや製品の第三者視点での客観的な品質の確保に努めることができます。

これらの会議は業務フローの中で明確に規定されていますので、いわばその会議を開催すること自体が一種の目的となっているわけです。


一方で、そうした会社の業務フローには組み込まれていない会議というのも数多く存在します。

このような会議は、会議を行うこと自体が目的ではなく、ある目的のためにその手段として会議という形が採用されているというのが正しいと言えます。

ミーティングは情報共有の1つの手段に過ぎない

私はこの両者を明確に区別すべきだと思っています。

すなわち、その会議を行うこと自体が目的であるのか、それとも会議を行うことは単なる手段に過ぎないのかといった区分です。


言葉の定義にこだわるつもりはないのですが、会議ミーティングという言葉を明確に使い分ける人もいます。

「会議」はオフィシャルなもので結論を出すことに重きを置いたもの、「ミーティング」は「会議」よりはラフで話し合うことに重きを置いたものという考えもあります。

私が最初に挙げた2つの区分とは若干のニュアンスの違いはありますが、当たらずとも遠からずという感じですので、以降はこの「会議」と「ミーティング」の定義に従って話を進めます。


要するに、話し合うことに重きを置いたミーティングは情報共有の1つの手段に過ぎないということです。

情報共有が目的であるならば、別にミーティングという手段を取らなくてもほかにいくらでも方法があるんじゃないのという話です。

ミーティングは立ち話やメールと同列の業務

情報共有を行いたいのであれば、方法はいくらでも考えられます。

立ち話レベルでも情報共有は行えますし、私のようなコミュ障の人間であれば文章で状況報告を行うといったこともできます。


いやいや、立ち話じゃ議事録が残らないし、文章じゃ相手の様子や心情を汲み取ることができないので有意義なものとならないなどといった反論が飛んでくるかもしれません。

でも、議事録をとらないミーティングなんて別にいくらでもあります。

(別にそれが良いことだと言ってるわけではないので誤解しないでください。)

また、相手の様子や心情を汲み取る必要も、ただ週計画を述べるだけの業務報告などには必要ない気もします。


すべてのミーティングがそうだとは言いませんが、ほとんどのミーティングはミーティング(出席者が集って話し合う)という形をとる必要性は大してないものだと思っています。

別に立ち話やメールで行ってもよく、その意味でミーティングは立ち話やメールと同列の業務だと言えます。


ですから、ミーティング(広義の会議)は業務遂行には必ずしも必要なものとは言えません

見直す余地は大いにあるものだと言えます。

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