資料作成は無駄なのか?コミュ力よりも文章力(ライティング力)を磨くべき理由

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資料作成は無駄なのか?

何かと仕事の業務効率化が叫ばれる世の中。その目の敵にされているのが資料作成です。

資料作成は無駄な業務の筆頭格とされ、資料作成を否定的に捉えている人はとても多いように感じています。

では、本当に資料作成は無駄な作業と言えるのでしょうか?


私はそうは思いません。少なくとも、資料作成に必要とされるライティング力はコミュニケーション能力(コミュ力)よりも優先して学ぶべきものだと私は考えています。

その理由についてご説明いたします。

ライティング力を磨くべき4つの理由

ライティングの最大の特徴として記録(ログ)が残るという特徴があり、この点でライティングは口頭でのやり取りに比べて優れていると言えます。

(今の時代だと口頭でのやり取りの様子も動画などに残すことはできますが、そんなことをしている企業はほとんどないはずです。)


この記録(ログ)に残るという特徴によって生まれるメリットは以下のようなものです。

現状把握ができる

何をするにしても、自分の状態を客観視することは非常に大切なプロセスです。

それには、やはり自分の現状がどのレベルにあるかを表すアウトプットがあることが望ましいです。

ライティングによって書き起こすことで、現状の自分の頭の中がアウトプットされて可視化することができるようなるのです。

考えを整理できる

口頭で話をするのって、案外考えがまとまっていなくてもいけてしまいます。

そもそも、よっぽど話の内容に精通している人や頭が良い人でない限り、こちらの話した内容を完璧に理解することは不可能です。

多少の曖昧さはいくらでもごまかしが効いてしまうのです。

それに対して、文字に書き起こすと、そういった曖昧なところがはっきりと露呈してしまいます。

実際、頭では理解できているつもりでも、それを文字に書き起こそうと思うとうまくできないことはよくあるはずです。
(私も今、ブログの執筆でそれを痛感しています。)

自分ですら整理しきれていない内容を聞き手が理解できるはずもありません。

自分の頭の中を整理するという意味でも、ライティングは有効な手段となります

相手の負担を減らせる

口頭での報告の場合、相手がよほど記憶力に長けた人でない限り、相手はその内容を記録に残す(メモをとる)必要があります。

これは、特に会議のように1対複数の(1人の話し手に対して複数の聞き手がいる)場合には極めて非効率です。


多少下準備に時間がかかってでも、やはり話す内容はすべてドキュメント化することが望ましいと思います。

それによって、聞き手の負担を減らすことができますし、より話だけに集中してもらうことができるようなるのです。

真似しやすい

コミュニケーション能力というのは、話の中身だけでなく話し手自身の情報なども含んだ能力になるため、アウトプットとしての評価がなかなか難しかったりします。


それに対して、ドキュメントは余計な情報が含まれない分、純粋にその中身だけで良し悪しを判断できます。

また、ドキュメントとして残していくことでより多くの人が目にすることができるようになります。

これは、よりお手本にしやすいということを意味します。


私は良いものはどんどん積極的に真似していくべきだと考えています。

いろいろなドキュメントを見ながら優れたドキュメントとはどのようなものかを考え、優れたドキュメントを模範とすることでライティング力の向上につなげることができます

ライティング力はコミュニケーションに活きる

コミュニケーションの目的の1つに情報を伝えるというものがあります。

これは、ドキュメント提出によっても達成できるものです。

すなわち、優れたドキュメントを作るライティング力はコミュニケーションに活きるはずです。


コミュニケーションというと、まだまだ一般的には口頭でのやり取りのイメージが強いですが、今後はライティングを基調とした方法に変わっていくはずです。

私自身も対人コミュニケーション能力が劣る分、せめてこうしたライティング力を磨くことで情報共有を円滑に進めていけるように努力しています。

(ブログ執筆は、そのための訓練の一環でもあります。)

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