会社に長年勤めてきた社員を尊敬できない理由【パレートの法則・働きアリの法則】

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会社に長年勤めてきた社員は会社から功労者として手厚く扱われるのが普通でしょう。

ですが、私にはそういった感覚がありません。

つまり、会社に長年勤めてきた社員は別に功労者でもなんでもないと私は考えているのです。


このような考えをもつことはサラリーマンとして生きていく上で致命的なことと言えるでしょう。

こうした考えでいる限り、会社の上司や先輩社員たちと円満な人間関係を構築することは不可能だからです。


ですが、私も何の根拠もなしにそのように考えているわけではありません。

私がそのように考える理由について、以下でご説明させていただきます。

会社に長年勤めてきた社員を尊敬できない理由

私が会社に長年勤めてきた社員を尊敬できない理由、それは会社にしてきた貢献よりも会社から得てきた報酬のほうが大きいと考えているからです。

もちろんすべての社員がそうだとは思っていません。

ですが、少なく見積もっても会社における2割の社員、大げさに言えば8割の社員に上の話が当てはまると思っています。


この割合は働きアリの法則(2:6:2の法則)またはパレートの法則(2:8の法則)からきている数字ですね。

働きアリの法則とパレートの法則

パレートの法則20:80の法則とも呼ばれ、全体の数値の大部分は全体を構成するうちの一部の要素が生み出しているという理論です。

  • 売上の8割は全顧客の2割が生み出している
  • 仕事の成果の8割は費やした時間全体のうちの2割の時間で生み出している

といったような使われ方をします。

また、働きアリの法則は上記のパレートの法則の亜種で2:6:2の法則とも呼ばれ、組織は良く働く2割の人間と普通に働く6割の人間とあまり働かない2割の人間で構成されているとする法則です。


要するに、会社の社員というのは皆が等しく価値のある存在ではないということです。

会社に多大な貢献をもたらしている社員もいれば、逆にたいして貢献をしていない社員もいるわけです。

会社員は会社にしてきた貢献に対する対価として十分な報酬を受け取っている

一方で会社からの報酬、つまり給料というのは確かに社員ごとに多少の差はあれど、会社への貢献度や価値の差に比べればその差は微々たる違いであると言えます。

福利厚生などを含めれば、その差は一層縮まるはずです。


つまり、これは裏を返せば会社にいる社員の大半は会社にしてきた貢献に対する対価として十分な報酬を受け取っているということになります。

中には、会社にしてきた貢献よりもはるかに割高な報酬を受け取ってきた人たちもいるはずです。

長年勤めてきたことを誇示するのは違うと思う

ですから、会社に長年勤めてきた社員を無条件で会社の功労者だとは思えないわけです。


確かに貢献はしてきたかもしれないけども、その対価として十分な報酬を受け取り、それによって安定した生活を手に入れ、今まで安泰に過ごせてきたはずです。

もちろん、別にそのこと自体は何ら非難される筋合いのものでもありません。

会社から勝ち取った正当な権利であり、その権利を享受することは当然のことです。


ですが、そうした人がさも自分は苦労してきたと誇示するのは少し違うと思ってしまうのです。

まして、長く働いてきたことを誇示して若い人たちにマウントをとり、ときにいびり倒し、そうして若い人たちが得られるはずだった可能性を奪おうとするのであれば、もはやその人は会社の功労者どころか会社に害をもたらす存在以外の何物でもないと言えるのです。

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