サラリーマンは一体誰のために仕事をしているのか?

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私はただ会社に居座り続けているだけのダメなサラリーマンですが、時々こう思う時があります。

サラリーマンは一体誰(何)のために仕事をしているのか。


その問いの回答としてはいろいろな対象が考えられるでしょう。

自分のため、会社のため、お客様のため、上司のため、プロジェクトのため、などなど。


ですが、必ずしもそれらのすべてを両立できるわけではありません。

むしろ、立場や都合が違う人たちの利害が一致することは少ないはずです。

そうしたとき、一体誰(何)のために仕事をするべきなのか、その葛藤に悩まされるわけです。

自分のために仕事をしていることは間違いない

仕事をするのが自分自身のためであることに疑いの余地はありません

仕事をする目的は人それぞれでしょうが、やはりもっとも多いのがお金のためでしょう。

その会社で働き、労働の対価としてお金(給料)を得る、そのために働いているのです。


私もそうです。

すべてはお金のため、そのために自分の時間を会社に捧げているのです。

会社のためとは一体誰のために働くことなのか?

サラリーマンは会社から雇用してもらっている立場ですので、その視点からいえば当然会社のために仕事をすべきだという話になりますが、この会社のためというのが曲者です。

何をもって会社のためと言うのかが非常にあいまいだからです。


自分の上司に従うことはその方法のひとつでしょう。

会社の組織運営上、会社に従うとは自分の上司に従うこととも言えるからです。

一方で、たとえば自分が会社のあるプロジェクトの一員だったとして、そのプロジェクトのために働くことも会社のためであると言えます。


ですが、自部門の直属の上司のために働くことがプロジェクトのために働くことには必ずしもならないし、逆も然りなのです。

職場の板挟みに悩まされることほどムダなものはない

会社の部長や課長とは言っても、それぞれ立場も違えば価値観も違います。

ですから、部署によって言っていることが違う、あるいは同じ部署なのに人によって意見が違う、そういったことは当然あるわけです。

しかも、たちが悪いことに、各々が自分の意見をさも会社のことを思っての発言であるかのように振る舞ってくるのです。


こうしたとき、それぞれの主張や意見の板挟みにあうことほどムダなものはありません

結局のところ、自分たちにとって都合の良い理に従って意見を述べているに過ぎないからです。

特に相手が自分よりも上の立場や役職の人であればなおさらです。


私もそうした板挟みにあったことは何度もあります。

そんなとき、一方の相手の前ではその相手の肩を持ち、別の相手の前では別の相手の肩を持つというようなこともかつてはしていました。


でも、それはあまりにもくだらないことです。

それは「彼らの課題」に振り回されていることになるわけですから。

それはもうやめましょう。

自分だったらどう考えるか、「自分の課題」に落とし込んで自分が進むべき道を見つけるべきです。

【参考記事】

自分の評価を聞いてみたい

もっとも、それが必ずしも功を奏するとは限らないから難しいものです。

多くの場合、最終的な自分の評価(査定)は自分の直属の上司によって行われることになるはずです。

ですから、そういった意味ではやはり直属の上司のために働くことがもっとも理にはかなっていると言えます。


私はそうして「自分の課題」に落とし込んできた結果、自部門の上司からは「自分勝手な奴」の烙印を押されてしまいました。

ですから、今の私は自部門からは評価されていません。


でも、もしかしたらそんな自分のことを評価してくれる人がどこかにいるかもしれないのです。

自分が関わるすべての人たちの評価を聞いてみたいという思いは、やはり心のどこかにあります。

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