完成度は低くてもとにかく形にすることが重要な理由

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私の所属する部署ではナレッジマネジメントという取組みを行っています。

ナレッジマネジメントとは、各自が所有する知見(ナレッジ)を社内全体で共有化して作業の効率化や全体の底上げを図っていくことを目的とした取組みです。

私の部署ではそうしたナレッジを社内のシステムに登録する仕組みが存在します。

これに関して、先日以下のようなやり取りがありました。


上司
上司

ナレッジに登録してくれたこの情報の〇〇と〇〇の部分がよくわからないよ。

私

わかりました。〇〇と〇〇に関する情報を追加します。

上司
上司

お願いね。でも、こんなメモレベルのものを載せないでくれる。

ナレッジに登録するのはちゃんと完成された情報だけにしてくれないかな?


この後、ひと悶着あったのは一旦置いておくとして、私はこの意見に対して激しく反発します。

職場の誰よりもこの取り組みに積極的に参加してナレッジを残してきている私からすれば、全くお門違いな発言だと思いますし、私にはそれを言う資格もあると思っています。


完成度は低くてもとにかく形にすることが何よりも重要だと私は思っています。

その理由について、以下で説明していきたいと思います。

完成度は低くてもとにかく形にする

ゼロの状態からはじめの一歩を踏み出すことは大変骨の折れる作業です。

ときには方向性が定まらず、何から手をつければよいのかすらわからないということもあります。


このブログの記事だってそうです。

記事のテーマを決めて文章を書き出していくわけですが、初めの出来はそれはもうひどいものです。

文法はめちゃくちゃですし、内容も支離滅裂だったりします。


それでも、完成度は低くてもいいからとにかく形に仕上げます。

それさえできれば、案外後からどうにでもなるものです。

徐々にブラッシュアップさせていけばよい

そうして、なんとか骨組みさえできてしまえば、景色は大きく変わります。

話の全体像が見えてくるようになるため、何から手をつければよいのかがわからないといったことはなくなります。


個々の部分を確認していき、細かいところは都度ブラッシュアップ(磨き上げ)していけばよいのです。

フィードバックをもらうことも重要

このブラッシュアップをしていくのにしても、周りの意見(フィードバック)をもらうことが大いに役立ちます。

自分では100%に近い出来であったとしても、相手からすれば満足いく出来ではないことは往々にしてあります。(もちろん、その逆もあります。)


ですから、それを明らかにするためにも、まずまずの出来でもいいから形にして相手の反応を窺うということをしていくべきだと思います。

そうすれば、必要に応じて相手の知りたい情報、つまり求められている情報をピンポイントで補うことができるからです。

先ほどのナレッジの話にしても、各自が自分の知っていることを登録するというよりは、むしろそれぞれが知りたいことを質問してその回答をもらう(Q&Aの形式にする)ほうが理にかなっていると言えるのです。

アップデートを前提とする考えの是非

上司と私の考えの違いには時代の違いもあるのでしょう。

特に工業製品に従事している人たちは「商品やサービスは完成された状態で送り出されなければならない」といった意識を強く持っています。

このあたりは、アップデートを前提としたITの世界や近年のモノづくりの考え方とは一線を画す考え方であると言えます。


このようなアップデート前提の考え方を手放しで賞賛するつもりもありません。

ですが、それは口頭でのコミュニケーションでは当たり前に行われていることです。

口頭でのコミュニケーション(会話)においては、情報が断片的であったり不足などがあったとしても、相手がその情報の相互関係や不足分を補完してくれることで会話が成り立つという一面もあります。

だからこそ会話を好む人が多いはずです。


このように、会話においては曖昧さを許すのに文章に対しては曖昧さを許さない、会話と文章に明確な境界線を引く考えにはどうしても賛同できないのです。

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