思考を形にする~ライティングでコミュニケーションに対抗する!

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仕事におけるコミュニケーションレスを実現したいのであれば、絶対に避けられないのがライティング力の強化です。


コミュニケーションよりもライティングのほうが情報伝達の手段として優れていると私は信じて疑いません。

そして、そのことを証明するためにも、私自身がライティング力を向上させ、コミュニケーションなどに頼らずとも円滑な情報共有が可能であることを示していく必要があるのです。

思考の道筋を学ぶ

以前にお話しさせていただいた通り、仕事ができる人というのは情報を構造的に捉える術を知っています。

優秀な人たちというのは、この構造化された思考に従って主張やアドバイスを導き出しているのです。


ですから、優秀な人たちが発した発言に対しては、発言した内容そのものを単に受け入れるだけでなくこのような発言をどのように生み出すに至ったか、その思考プロセスを理解することが何よりも重要です。

そして、それを学ぶにはドキュメントに従うほうが理にかなっているのです。

ライティングで思考を形にする

ライティング(正確にはドキュメンテーション)の最大のメリットは作り手の思考が構造的に明らかになりやすいことです。
(ライティングの重要性についてはこちらの記事でも触れました。)

例えば、ドキュメントでよく使われる表というのは、この「思考を構造的に表現する」という目的に適したものです。

表は、結論を構築するために抽象化された項目と、その項目に対する具体的な内容から構成されているため、まさしく作り手の思考を構造化したものと言えます。

表の項目を見ることで作り手の抽象化の力を、リストアップされた内容を見ることで作り手の具体化の力を推し量ることができるのです。


ですから、優れたドキュメントが用意されていれば、その構造を追うことで作り手の思考プロセスを存分に学ぶことができるのです。

ドキュメント作りは否定的に捉えられがち

優れたドキュメントを作るには、高度な思考の構造化スキルが必要です。

また、優れたドキュメントでは作り手の構造化された思考が明らかになるので、読み手の立場からしても大変有益なものです。

ですから、私は優れたドキュメントを作る能力は高く評価されるべきだと考えています。


しかしながら、現実には多くの人がこうしたドキュメント作りを否定的に捉えています。

私があえて”ドキュメント”と表現したのも、この言葉が意味する”資料”や”マニュアル”といった類の言葉にネガティブな印象が含まれるからです。

資料やマニュアルにこだわるのは非効率で型通りの考え方しかできない杓子定規な人、一方で資料も何もないところから考えを生み出せるのは頭の回転が速くて柔軟な思考を持つ人、それが多くの人が抱く印象のはずです。

それでもドキュメントにこだわる

私は、その考え自体を否定するつもりはありません。

でも、たとえそうだったとしても私自身が目指すのは前者のほう、つまり杓子定規な人です。


後者のような資料も何もないところから考えを生み出す(ように見える)人というのは、私自身にとっては有益な存在ではありません。

そういった人たちは、考えを生み出す思考回路というものを明らかにしようとしない人たちであり、学ぶ対象としては相応しくないと考えているからです。


それよりは、資料を用意してその思考のプロセスや型を明らかにしてくれる人のほうが少なくとも私にとっては有益な存在であるのです。

ライティングでコミュニケーションに対抗する

資料を作ることや型通りに働くことそれ自体が悪いのではありません。

優れた資料や型を作れないことが問題なのだと私は考えています。


そのような信念を基に、さも自分は頭の回転が速いのだといわんばかりに直観性を前面に出してコミュニケーションをとってくる相手に対し、あくまで型を重視したライティングで対抗していく、それが今の私の思いです。

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