サラリーマンにとって業務効率を上げることにはどんな意義があるのか?

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業務の効率化に取り組んでいる会社や組織は多いと思います。

ですが、会社がこの業務の効率化を図る理由はあくまで会社のためです。

従業員の立場からすれば、業務効率を上げるメリットは特にありません


多くの会社において従業員の評価指標は労働時間のはずです。

ですから、ちんたら仕事していようがてきぱきと仕事していようが、労働時間が同じであれば別に給料に違いは生じないわけです。

むしろ、業務効率を上げていけばその分労働時間は減っていくはずなので、もらえる給料がかえって低くなることもありえてしまうのです。


しかしながら、だからと言って業務効率を上げることは従業員にとって全くの無意味というわけでもないと思っています。

周りからの信頼を勝ち取るため、そしてワークライフバランスを保つため、業務効率を意識したりまたはその効率化を図ることは必要なことだと私は考えています。

周りからの信頼を得るため

多くの会社では、仕事はまず部署ごとに割り当てられていて、各部署に割り振られた仕事が上司から部下に振り分けられていくというのが一般的な形だと思います。

そして、良くも悪くもこのような仕組みであるからこそ、すべての社員に対して平等に仕事が割り振られることになるのです。


何を言いたいかというと、会社の仕事というのは本人の能力に関わらず割り振られるということです。

たとえば、ある部署が別の部署に仕事の案件を依頼するとき、依頼する部署が直接その担当者を指名することができたとしたらどうなるでしょうか。

仮にその依頼先の部署に2人の人員がいたとして、1人は依頼案件に対して1ヶ月、もう1人は1.5ヶ月の工数(納期)の見積もりを出してきたとします。

このとき、果たして前者ではなく後者の人に仕事を依頼する理由はあるでしょうか?


もちろん、納期(時間)以外にも仕事を丁寧に行ってくれるだとか、進捗報告やコミュニケーションをしっかりと行ってくれる、あるいは一緒に仕事をしたいと思わせる人間性などといったほかの要素もその判断には影響してくるでしょう。

ですが、仮にそれら他の要素に大差がない場合には、短納期で仕事をこなしてくれる社員を指名したいと思うのが普通のはずです。


いわば、仕事の工数見積もりは個人の能力を表すひとつの指標と言えます。

金銭の見積もりと同じように、仕事の案件に対してどの程度の納期を提示してくるかでその人の能力の高さを推し測ったり、比較したりすることができるのです。


ですから、会社のためというよりはともに働く同僚たちの信頼を勝ち取るために業務の効率に対する意識を強く持っていくべきです。

根拠や実現性に乏しい工数見積もりや、あるいはあまりに過剰なバッファ(余裕)を持たせ過ぎの工数見積もりは依頼主の不信感を招くことになります。


適度なバッファを持たせ、それでいて平均的な社員よりも短納期の工数見積もりを出せる、それを実現するために業務の効率を上げていくことが必要なのです。

ワークライフバランスを保つため

私は仕事におけるこのバッファ(余裕)というものを非常に重視しています。


最初に述べました通り、業務の効率を向上させてその分多くの仕事をこなせるようになったところで賃金に与える影響はたかが知れています。

多くの会社では能力や成果に応じた賃金体系が用意されているわけではありません。

ですから、業務効率を上げることにたいして意義を見出せないのは当然でしょう。


その一方で、あくまで同じ仕事量をこなすことだけを考えるのであれば、業務効率を上げていければその分バッファを多くもつことができるようになるという考え方もできます。

そして、私が大切にしているのはこちらの考えのほうなのです。


特に目立つことなく無難なサラリーマン生活を過ごすのであれば、その会社またはその部署の平均的な人たちと同程度、またはそれよりちょっとだけ優れたパフォーマンスを出せればそれで十分なのです。

また、考えようによっては、たとえ平均以下のパフォーマンスであっても会社が許容してくれそうな下限のラインを下回らなければ問題ないという考え方もできるでしょう。


ですから、仕事を頑張るというよりは仕事を楽にこなすことを目的として、そのなめに業務効率を上げていくことを考えるのがよいのではないかと思います。

十分な余裕をもって仕事をこなすことができるようになれば、プライベートの時間の充実にもつなるはずです。

これからの時代、仕事と生活(プライベート)の両方の充実を目指す働き方を模索していくべきなのだと思います。

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