「口だけの人」だからこそ誰よりも発言には責任を感じなければならない

この記事は約3分で読めます。

私が行っている仕事は間接的な仕事がほとんどです。

現在所属している部署が間接的な管理業務を主に請け負う部署であるため、そこで働く私も必然的にそのような仕事を行うことが多くなります。


そんな間接部門で働いている現在の私の悩みというのは、自分が口だけの人であることです。

私は「口だけの人」

間接部門で働いている私ですが、私自身は間接部門に対してあまり良い印象を持っていません

間接部門は主体的に動く部門ではないため、どこか仕事に対する責任感に欠けるような印象を受けます。

実際に行動するのは直接部門の人たちに任せて、自分(たち)はただ意見を述べるだけということもよくあります。


そんな、自分がいわば「口だけの人」であることは自覚しています。

そのことに引け目を感じることはもちろんありますし、実際に周りからそういったニュアンスの発言を受けたこともあります。

口だけの人である私が意識していること

ですが、それはまぎれもない事実なのですから、それを受け入れて仕事をしていかなければなりません。

そんな「口だけの人」である私が意識すべきこと、それは発言に責任をもつことだと考えています。

実際に行動することはない口だけの人だからこそ、ほかのどの人たちよりも発言には重みがなければならないと思うのです。


たとえば、何か計画や実行策を立てて実行するといったときに、その計画の見通しが甘かったりした場合にそれで困るのは実際に行動をする立場の人たちです。

当初の計画通りに事が進まない、そんな場面に直面して四苦八苦しながら自分自身でその計画や発言の甘さのツケを払うことになるのです。

ですから、仮に行動する立場の人たちが適当な計画を立てたり軽はずみな発言をしたとしても、最終的には自分たちで責任をとることになるわけです。

口だけの人は責任をとらないし成長もしない

ですが、発言するだけで行動しない立場の人たちは、自分たちの発言や見通しの甘さに対しての責任をとる機会がほとんどありません

それで苦労するということがないわけです。

また、そうやって自分で苦労したり失敗したりした経験にも乏しいと、失敗しないための準備だったり計画だったりに対する意識も疎かになります。


ですから、軽はずみな発言を繰り返す人たちというのは、おそらそういった苦労の経験をしてこなかった人たち(もしくは相当上から目線の人たち)なのだろうと私は思ってしまうのです。

口だけの人が負うべき責任

このように、口だけの人というのは責任もとらないし、そもそも自分の発言に対する責任感に欠けていたりもします。

ですから、周りから良く思われないわけです。


ただ、この話は特に管理系の業務に携わる人たちに当てはまる話ですが、こういった話をすると、そんなことはない、何か問題が起きたときに最も重い責任を負うのは我々(管理部門や管理職)なんだという意見が必ず出ます。

でも、「責任を負う」とは具体的にどういったことなのでしょうか?

平謝りすることでしょうか?

査定のダウン(給料の減額)を受け入れることでしょうか?


はっきり言って、謝ったり給料の減額を受け入れたりすることなど(気持ちの問題は別にして)、誰にでもできることだと思うのです。

問題が起きた後に責任を負うことは案外簡単です。

でも、問題が起きないような責任を負うことは簡単ではありません。


ですから、口だけの人たちが責任を負うべきなのは「問題が起きないようにすること」に対してのはずです。

そしてそのためには、ただの思いつきで何かを述べたりするのではなく、確かな裏付けや論理に基づいた客観的な発言をしていくことが求められると私は考えています。


口だけの人たちは、ほかのどの人たちよりもそのことを意識していかなければならないと思うのです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました