業務の効率化で淘汰されるのは中間管理職

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企業の業務効率化のニーズは高まるばかりです。

多くの企業がこのような業務効率化、業務改善に取り組んでいます。


ただ、これらの取組みが果たしてどこまで本気で行われているのかについては大いに疑問が残ります。

形だけの取組みというのが会社にはあふれているからです。


そんな形だけの取組みに関わることが多いのが中間管理職の人たちです。

ですから、もしも会社が本気で業務改善を目指すのであれば真っ先に淘汰されるのは中間管理職であると私は考えています。

中間管理職の存在意義

管理職の仕事というのは本人の匙加減で仕事が決まる節があります

真面目に向き合うと確かに大変な仕事なのでしょうが、仕事を右から左へ、上から下へ流すだけの管理職が存在するのもまた事実です。


特に、間接部門の中間管理職の人たちに対してはそのような印象を強く持っています。

売上を上げる、モノを作りあげるといった具体的な目標設定やその管理が求められる直接部門の人たちと違い、具体的なノルマがないことも多い間接部門の管理職に一体どれほどの苦労があるのだろうと感じるときがあります。


部下から話を聞いてそれを上に報告するだけ、定型業務の進捗を管理するだけ、そのような仕事をしている管理職の存在意義は再考する余地はが大いにあると思うのです。

中間管理職は中間マージン

コストを考える上で決して無視できないのが中間マージンの存在です。

中間マージンはコストを上昇させる要因のひとつです。

中間マージンの存在を否定するわけではありませんが、このような中間マージンや中間コストを削減することでコストダウンを実現し、それにより成功を収めたビジネスモデルはいくつも存在します。

ですから、コストカットを目指すのであれば、まずはこの中間マージンの見直しを行うことは非常に有効な手段であるといえます。


会社という組織において、この中間マージンにあたるのが中間管理職だと私は感じています。

先ほど述べたように中間マージンは絶対悪ではありません。

ですが、その対価に見合うだけの価値があるのかは真剣に向き合うべきだと思うのです。

業務の効率化で淘汰されるのは中間管理職

部下から仕事の進捗を聞くだけ、またはそれを上に報告するだけ、このような仕事はまさに必要性の薄い中間マージン的な作業の典型とも言えます。

利便性の高い情報共有ツールが普及した現代において、こうした仕事を効率化する方法はいくらでもあるはずです。

管理職の仕事というのは間接的な仕事がほとんどです。

そして、この間接的な仕事というのは大いに改善の余地があるはずです。


また、中間管理職の存在意義はその部署の人員数にも大きく左右されるものです。

たとえば、部下が10人以上いる部署と部下が3人しかない部署とでは、管理職のマージン率が変わってきます。

部署単位のマージン率でみれば、前者は実務担当者10人に対して人件費は11人分、つまり10%のマージンがかかっている計算になるのに対し、後者は実務者3人に対して4人分の人件費、つまり30%以上のマージンがかかっていることになります。

果たして、後者の管理職はそれに見合うだけの対価を提供できるでしょうか。

私は難しいと思います。


ですから、このような業務の効率化を推し進めていったときに淘汰されることになるのは中間管理職だと私は思います。

本気で業務の改善や効率化を目指すのであれば中間管理職の仕事内容を是非見直すべきでしょう。

場合によっては、管理職を減らす、つまり先ほどの例で言えば「実務者3人+管理職1人」の体制から「実務者4人」の体制としたほうが生産性が上がる可能性は十分あるでしょう。

管理職がいなくなることで実務者には管理的な仕事も求められるようになりますが、それは個人のリテラシーを高めていくことで対応できるはずです。

聖域なき改革

このように仮にも業務改善という課題を掲げているのであれば、十分に改善の余地がある中間管理職の仕事にもメスを入れるべきだと思うのです。

ですが、会社はこの管理職の仕事に関しては不問を決めているようです。

私の会社ではこの業務改善を目指すのにあたって、実務者はそれこそ分単位での日報作成が要求されているのに対し、管理職はあくまで「管理する立場」という建前のもとこのような日報を書くことはしません。


ですが、そんな業務改善という名目で管理職が行っている仕事というのが、パワポ資料作成などいくらでも効率化や改善の余地がありそうな仕事なのです。

定期的にセミナーに参加し、何時間あるいは何日もかけて発表資料を作成する、それでいてそれが何か成果を生んでいるかといえばそんなこともないわけです。

業務効率化という名目で業務効率とは全くもって無縁な仕事をしているというのは何とも皮肉な話だと言えます。


年功序列の風習が残る会社において管理職に就く人たちは会社の功労者であり、管理職はいわば聖域です。

ですが、そこを不問とする「聖域ある」改革を続ける限りその限界などたかが知れています


聖域を作ることは合理化の対極にある考えであると我々は認識しなければなりません。

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