ナレッジマネジメントはQ&A形式で行うべき理由

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組織にとって付加価値の高い体系的にまとめられた情報をナレッジ(知見)などと呼び、このナレッジを組織全体で共有しようとする取り組みであるナレッジマネジメントが最近注目されています。

私の勤務先においても、そんな大それたものではありませんが、こうしたナレッジマネジメントとして個人が所有するナレッジを共有化していくための取組みを行っています。


このナレッジマネジメントの進め方として、私としては問題解決型のQ&A形式で行うべきだという考えを持っているため、今回はその理由についてお話しさせていただきます。

ナレッジマネジメントがうまくいかない理由

このナレッジマネジメントの方法として、まず最初に思いつくのが各自が保有しているナレッジを出してもらうという方法です。

しかしながら、この方法はあまり上手くいかないと感じています。

実際、私の会社で行われているナレッジマネジメントの取組みもこのようやり方で行われていますが、みんなしぶしぶ行っているという印象です。

取組みが活発に行われているという印象は全くありません。


このようなナレッジ共有の方法の問題点としては、ナレッジを登録する側のメリットが薄いことです。

自身が所有するナレッジを会社に残すことで、自分自身にとって何か具体的なメリットがあるかといえば正直なところあまりないわけです。

私の会社のようにナレッジを所有している当人にそれを登録するよう促すやり方の場合、かえってその登録の手間が増えるだけなのです。


それどころか、このような経験知を個人のものではなく会社の共有財産とするという考えは、実のところ年配の社員にとっては大きなデメリットでもあるのです。

経験の多さは年配の社員の大きな強みです。

それで他人との差別化ができていたり、優位に立てているところがあります。

ですから、その強みを失いかねない取組みに対して消極的になるのはある意味当然のことと言えるでしょう。


ナレッジ共有は経験を多く積んでいる人にとってむしろデメリットのほうが多いのです。

そのため、そういった人たちに対してナレッジを出してもらうようなやり方がうまくいくはすもないのです。

ナレッジマネジメントはQ&A形式で行うべき理由

このように、ナレッジマネジメントは年配社員にとってデメリットが多いものであると言えますが、反面、経験に劣る若手社員にとっては多いに役立つものであるはずです。

ですから、(もう中年ですが部署基準ではまだ若いほうの)私としては、会社にはやはりこうしたナレッジ共有をぜひ推し進めてほしいという思いがあります。

では、具体的にはどのような方法であれば上手くいくのでしょうか?


そこで、私が提案したいのがQ&A形式もしくはFAQ形式(よくある質問)でのナレッジ共有です。

Q&A形式、要するに各自が知りたいこと(ナレッジ)を質問してそれに対して有識者が応えるという方法です。


私は問題解決型のアプローチのほうが有益なものとなる可能性が高いと考えています。

私が営業活動を受けていて思うことですが、「自社の最新の商品は〇〇ができますよ」といったアプローチよりも、「御社の困りごとは何ですか? → それは自社の〇〇という商品で解決できますよ」といったアプローチをしてくれる営業マンのほうがやはり信用できるんですよ。

ナレッジマネジメントもそれと同じで、誰が望んでいるかもわからないナレッジを登録するよりも、実際にニーズ(質問)があるものに対して回答していく形式のほうが、質問する側はもちろんのこと回答する側も意義を感じやすいと思います。


また、回答する側のデメリットをどう減らしていくかに関して、たとえば質問側がその回答を整理してまとめるというやり方はどうでしょうか

たとえば、ある機械の操作手順を教えてほしいといった場合に、回答する側はどのような方法で教えても構わない(口頭でも構わない)、一方で質問した(教えてもらう)側はその対価としてそれを明文化して登録する。

それであれば回答する側の負担も減るし、質問側は登録の手間はあるけれども自分の悩みを解決できるわけで、現状のやり方(一方的な方法)よりも双方にメリットがあると思うのです。

最強のナレッジマネジメント

こうしたナレッジに関してですが、実は会社でのナレッジマネジメントの取組みで他の誰よりも積極的にナレッジの登録を進めているのが他ならぬ私です。

他の人たちが会社が課している最低限のノルマの件数をしぶしぶ登録しているのに対し、私は他の人たちとは文字通り桁が違う件数(他の人たちが年間数件に対して私は百件以上)を登録しています。


その理由には、やはり私のロジハラ気質とコミュニケーションに対する拭いきれない苦手意識があります

エビデンス(根拠)を示せない情報に価値を感じません。

そして、業務効率化という課題を掲げてそれを部下に要求しておきながら、自分たちは属人的な仕事をしていて個人の考えや経験知を標準的なルールに落とし込まない、そういった人たちに対する不満があります。

そのような思いが私をこの取組みに駆り立てているのです。

この取組みはおそらく脱属人化に大いに貢献するはずですから。


きっと他の人たちは同僚たちとのコミュニケーションによって問題や課題を解決しているのでしょう。

ですから、たとえば会社における口頭コミュニケーションを全面的に禁止すれば、きっとナレッジ共有はすごく捗ると思うんです。

結局、ナレッジ共有の一番の問題点としては、それが明文化されていないことです。

ですから、コミュニケーションを禁止して、先ほど挙げたように何か質問がある場合にはそれを登録させて半強制的にナレッジを明文化させるわけです。

ある意味、究極のナレッジ共有の方法と言えます。

もっとも、私のような人間はごく少数であるため、実際にはこんなこと弊害ばかりで上手くいくはずもないのはわかった上での話ですよ。


ただ、コミュニケーション至上主義のこの世の中ですが、一部の合理化を目指す取組みに対してはコミュニケーションがそれを阻んでいることもあるのです。

ですから、私のようなコミュ障が会社で生き抜いていくためには、こうしたコミュニケーションが有効でない分野でこそ力を発揮しなければならない、そのように考えています。

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