人事評価の自己評価を簡単に書き上げる方法【導入編】~会社の人事評価の問題点

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人事評価は社員の能力や業務に対する業績や貢献度を査定するものです。

このような人事評価の方法としては、まず最初に評価される側(被評価者)が自分自身で自己評価を行い、それから評価する側(評価者)によって評価が行われるというのが一般的な進め方なのではないでしょうか。

私の勤務先の会社においても、同様の形式での人事評価が行われています。


しかしながら、会社で行われているこのような人事評価に対して、私は大いに不満を感じています。

私も評価を仕事にしているところがありますので、そのような立場の人間として、現状行われている人事評価を「評価」と呼ぶのにはいくらか抵抗があります。

我々が行っている一般的な評価からは程遠いものであるからです。


そのため、現状行われている程度の人事評価であれば真剣に取り組む価値はないというのが私の考えになります。

もちろん、出世や賞与のことなども考えれば手を抜くべきではないのでしょうが、幸い私はそういったものには縁がありませんので、最近はいかに簡単かつ早く完成させられるかだけを考えながらこの人事評価を書き上げています。


そこで、そんな私が現在行っている人事評価(自己申告)の書き方を簡単にですがご紹介させていただこうと思います。

本記事では、その前段として会社における人事評価制度の現状の問題点についてお話しさせていただきます。

客観性に欠ける人事評価

会社における人事評価というのは客観性がまるでないと感じます。

それは、客観性を高めるための策がほとんどと言ってもよいほど何も取り入れられていないからです。


文章中心であることもそのひとつです。

人事評価における自己評価の部分について、文章で書くことを求めてくる会社はわりと多いかと思います。

ですが、この文章表現というのは書き手に依存しやすいところがあります

人によって言い回しや表現が違ったりして、結果として書かれる内容にも大きな差が生じやすいのです。

また、同じ人が書くにしても、その時々で表現や言い回しに違いが生じることもあります。

このように文章は再現性に乏しいのです。

そのため、客観性を高めたいのであれば、このような人やその時々の気分に左右されやすい文章表現は避けたほうが無難です。


また、書き手にとっても文章を構築するのはわりと手間のかかる作業です。

人事評価表がスカスカでは恰好悪いという理由から、むやみやたらと文字数を増やす努力をする人も中にはいるでしょう。

ですが、そのようにして文章を着飾ったところで大して意味はありません。


それは、評価というのはまず最初に要求や基準があって、それに対して結果がどうであったのかを判定するというプロセスを踏むのが原則であるからです。

ですから、そのプロセスから外れた文章をいくら書いたところで、本質的にはあまり意味がないのです。

要求や基準がない評価の問題

私がこの人事評価で何より問題だと思うことが、評価における評価の基準や尺度がわからないことです。

つまり、評価する側は評価される側に対して、一体「どのような能力」を「どのような基準」で評価しているのか、それが見えてこないのです。

非常にざっくりとした基準、つまり主観的な考えや感覚によって評価を行っているように見えてしまうのです。


要求や基準がなければ客観性など生まれるはずもありません。

その要求や基準の確度の高さが評価の肝でもあります。

また、そういった要求に対して厳密に従うこと、すなわちその要求と対となる情報や結果をきちんと提示できることも、評価を受ける立場としての立派なスキルであると言えるのです。


少なくとも私の会社で行われている人事評価というのは、そういった考えに従えばだいぶ質の低い評価と言わざるを得ません。

評価をするにあたっての尺度や基準が明示されていないことは往々にしてあるからです。

評価する側が何をどう評価しているのかがわからないわけで、それがわからない限りは評価を受ける側としても応じようがない、つまり自己評価を書けないはずなのです。

評価に精通した人間であるほど、このような曖昧な評価に対して真面目に向き合う気が失せてしまうのです。

要求を明示することの重要性

一方で、中にはビジネスマンたるもの、そんなこと(会社員として求められていること)は言われなくとも、自分で考えて書いて然るべきだという意見が挙がるかもしれません。

ですが、この要求を明示することは評価する側にとっても意義があることなのです。

要求を明示することで、評価する側が知りたい情報を確実に入手することができるようになるからです。


たとえば、私がもしも評価者の立場だったとしたら、相手にはありのままの本心を書いてほしいと思うでしょう。

もしも同僚や上司に対する不満があるのであれば、そのことも書いてほしいと思います。

その考えが正しいものであるかどうかは別にして、そのような思いを持っていることは事実なわけで、それを把握することは今後の改善において必要なプロセスだと私は考えています。


ところが、そういった周囲に対する不満を人事評価に書くことに対して、ほとんどの人はおそらく抵抗を持つことでしょう。

ですから、周囲に対する不満というのを書いてもよいのだということ(むしろ書くいてほしいということ)をしっかりと明示してあげないと、相手はたとえそう思っていたとしてもそれを書いてくれない可能性が高いはずです。

結果として、自分の要求をを満たせなくなるのです。


私はこれまでさまざまな評価業務に携わりながら、この自身の要求と相手の回答のミスマッチというものに散々苦しめられてきました

ですから、要求を定義しない人たちの気持ちというのがわかりません。

曖昧な要求はこちらの意図しない回答を招き、それは自分を苦しめることになるだけだからです。

それなりの人事評価を目指す

結局のところ、要求を定義しなくても特に困ることがないのは、曖昧な尺度での判断しか行われていないからと言わざるを得ません。

そして、そのような曖昧な要求や基準の基に行われる評価に客観性などあるはずもないのです。

ですから、このような客観性に乏しい人事評価など、はっきり言って価値はないに等しいです。

真剣に取り組むものではないというのが私の持論です。


とは言え、人事評価(自己評価)を書かないというわけにもいきません。

理屈をこねくり回してだからやりませんと言うのも、それはそれで少し違うと思います。

社会人として守るべきルールはきちんと守るべきです。

ですから、最小限の労力で人事評価を作成する術を身につけましょう

それで評価が上がることはないけれども、かといって評価を大きく落とすこともない、そんな水準の人事評価を目指すのです。


では、具体的にどのようにすればよいかという話ですが、これまで挙げてきた人事評価の問題点を整理すれば、おのずとその答えは見えてくるはずです。

次回の記事の中で詳しく解説させていただきます。

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