客観的な人事評価の参考例として、以前に野球のセイバーメトリクスを紹介させていただきました。
今回は、セイバーメトリクスを語る上で欠かすことのできないセイバーメトリクスの代表的な指標DIPSについて紹介したいと思います。
DIPSとは
DIPSはDefense Independent Pitching Statisticsの略で、投手の成績を”投手自身でコントロールできる投球結果”から評価しようとする概念および評価手法のことです。
具体的には、”投手自身がコントロールできる投球結果”とは以下の結果です。
- 奪三振
- 与四死球
- 被本塁打
すなわち、このDIPSに従えば、優れた投手とは、三振を奪え、四死球を与えず、本塁打を打たれない投手であると言えます。
DIPSは投手の「ヒットを打たせない能力」を評価しない
ここで、お気づきになった方もいるかもしれません。
このDIPSの評価対象には誰もが真っ先に思い浮かべる投球結果(要素)が含まれていません。
そう、打たれた(本塁打を除く)安打の数、つまり被安打です。
このように、DIPSでは投手の「ヒットを打たせない能力」というものを評価しません。
(正確には「ホームランを除くヒット」を打たせない能力です。)
これが、DIPSが当時としては革命的であったといわれる所以です。
そもそも、打者にとっては、安打(ヒット)を打つ能力というのはもっとも高く評価される能力のうちのひとつです。
イチロー選手が日本史上最高の野球プレイヤーであると言われる所以は、MLBでシーズンの安打記録を打ち立てるなど誰よりもその安打を打つ技術に長けた選手であったからです。
ところが、投手の場合、とりわけセイバーメトリクスにおける評価では違います。
投手が打たれた(本塁打以外の)被安打は投手自身の能力によるものではない、投手はグラウンドに飛んだ打球の結果を支配できない、これがDIPSの根底にある概念です。
投手の「ヒットを打たせない能力」 というものは存在しない
このDIPSの根底にあるグラウンドに飛んだ打球の結果に関する指標にBABIP(Batting Average on Balls In Play) があります。
BABIP は「本塁打を除くグラウンドに飛んだ打球が安打になった確率」を示す指標ですが、このBABIPには我々の直感に反する驚くべき事実があります。
長期スパンで見た場合のBABIPは、投手の能力やタイプによらずほぼ一定値(約.300前後)に収束するということが統計学的に証明されているのです。
すなわち、この事実は投手の「ヒットを打たせない能力」というものは存在しないということを意味しています。
グラウンドに飛んだインプレー打球が安打になるかどうかは、投手の能力よりも運や味方の守備力に依存するところが大きいのです。
FIPは防御率よりも優れた指標である
このインプレー打球の結果は投手の能力によらないという事実に基づいて、DIPSでは(インプレー打球の結果である)被安打を投手の評価対象から外したのです。
このDIPSの概念を適用した代表的な指標にFIP(Fielding Independent Pitching)があります。
FIPはDIPSが提唱する概念に従って、“投手自身がコントロールできる投球結果”である奪三振、与四死球、被本塁打を使用した以下の計算式から算出した指標です。
FIP={13×被本塁打+3×(与四球+与死球-敬遠)-2×奪三振}÷投球回+リーグごとの補正値
FIPは投手の疑似防御率や真の防御率などとも呼ばれ、投手の最も伝統的な評価指標である防御率と比較したときに以下の特徴があります。
- 多くの投手が長いキャリアではFIP≒防御率に収束する
- FIPは防御率よりも年度ごとのばらつきが少ない
具体的な例をお見せします。
下の表は、プロ野球の千葉ロッテマリーンズに所属する石川歩投手の年度ごとの防御率とFIPの推移を示す表となります。
(データはこちらのサイトを参考にさせていただきました。)
年度 | 防御率 | FIP |
---|---|---|
2014 | 3.43 | 3.14 |
2015 | 3.27 | 3.21 |
2016 | 2.16 | 3.50 |
2017 | 5.09 | 3.30 |
2018 | 3.92 | 3.92 |
2019 | 3.64 | 3.33 |
平均(単純平均) | 3.59 | 3.40 |
この表を見てわかる通り、FIPはキャリアを通じて3.14~3.92と比較的安定しているのに対し、防御率は2.16~5.09と大きな変動幅をもっています。
特に、2016年と2017年はFIPと防御率の乖離がすさまじく、2016年はFIPに比べて防御率が極端に良いのに対し、2017年はFIPに比べて防御率が極端に悪いという両極端な結果となっています。
これはセイバーメトリクスの観点からいえば、2016年は極端に運が良かった、逆に2017年は極端に運が悪かったと言え、確率的な揺り戻しが一気に来た結果であると判断できるのです。
もちろん、上で取り上げたケースは極端なケースですが、多くの投手にこのような傾向があてはまることは統計的に証明されているのです。
すなわち、この観点からいえば、投手の実力を客観的に判断する上ではFIPのほうが防御率よりも優れた指標であると言えるのです。
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