セイバーメトリクスは、野球の様々なデータを統計学的な見地から分析していく手法です。
今回は、セイバーメトリクスの総合指標WARについて紹介させていただきます。
WARとは
WARはWins Above Replacementの略で、そのポジションの代替可能選手(Replacement)に比べてどれだけ勝利数を上積みしたかを表す指標です。
打撃、走塁、守備、投球での総合的な貢献度を単一の指標で示したもので、このWARの登場により異なるポジションやタイプの選手同士、さらには投手と野手のように全ての選手を単一の指標で比較することが可能となりました。
まさしく選手の究極の総合指標と言えます。
WARの算出はきわめて複雑で、かつ算出方法も複数あり算出する会社によって数値に違いが生じます。
そのため、絶対的な指標とは言いきれません。
しかしながら、異なる性質をもつプレイヤー同士を単一の指標で比較できるようにしたこの指標からは実に多くの考察を得ることができます。
それを示すのにうってつけのデータがありますので、以下でご紹介させていただきます。
貢献度の高いプレイヤーはどっち?
以下の成績は2013年のNPB(日本プロ野球機構)の公式戦で記録されたある2人の選手の打撃成績です。
- A選手 打率.330 本塁打60 打点131
- B選手 打率.282 本塁打10 打点65
※青字はNPB新記録。
この2人の選手が残した成績を比較して、あなたはどちらの選手のほうが貢献度が高いと考えるでしょうか。
先に結論から述べますと、指標(WAR)上はA選手よりもB選手のほうが貢献度が高いという結果となったのです。
この2人の選手のWARは以下の通りです。
- A選手 WAR 7.4(リーグ3位)
- B選手 WAR 8.4(リーグ1位)
本塁打記録を塗り替えたMVPプレイヤーよりも貢献度の高い選手が存在した
ネタ晴らしをすると、A選手は東京ヤクルトスワローズに所属(当時)のウラディミール・バレンティン選手、B選手は阪神タイガースに所属(当時)の鳥谷敬選手です。
バレンティン選手はこの年NPB新記録となる60本の本塁打を放ち、チームは最下位ながらもリーグMVP(最優秀選手)に選ばれる(最下位チームからのMVP獲得はNPB史上初)など大活躍の年でした。
一方の鳥谷選手は2年連続フル出場、球団史上最長・リーグ歴代3位タイの47試合連続出塁を記録するなどしたものの、(従来の伝統的な)打撃成績自体はそこまで特筆するべきものではありませんでした。
しかしながら、このWARの数値は鳥谷選手がNPB新記録の60本塁打を放ったバレンティン選手を上回っていました。
すなわち、この年の鳥谷選手はバレンティン選手よりも高い貢献をしたということを示しているのです。
従来の指標では測り切れない個人の貢献度
このように、一見するとどうみても我々の直観に反する結果が得られたのにはいくつかの理由があります。
まず、従来の選手評価では打撃成績に重きが置かれ、守備・走塁での貢献が軽視されがちだという点、また、伝統的な打撃成績(打率・本塁打・打点)とセイバーメトリクスが重視する打撃指標に乖離がある点がその一因となっています。
具体的には、以下の要素が挙げられます。
- 鳥谷選手のセイバーメトリクスが重視する打撃指標(特に出塁率)が高かったこと
- 鳥谷選手の所属球団の本拠地が投手有利(打者不利)の球場であったこと
- 鳥谷選手の守備・走塁指標が高く、かつ守備指標にいたってはリーグトップクラスであったこと
- バレンティン選手の所属球団の本拠地が打者有利の球場であったこと
- バレンティン選手の守備・走塁指標がリーグワーストクラスであったこと
これらの要素を総括すると、次のような結論に至るのです。
鳥谷選手の打撃成績は過小評価されていて、加えて守備・走塁での貢献度も非常に高い。
バレンティン選手の打撃成績は(やや)過大評価されていて、一方で守備・走塁での貢献は全くなく、むしろ足を引っ張っている。
以上のような結論となり、総合的に鳥谷選手はバレンティン選手よりも貢献度が高いプレイヤーという評価が下されるのです。
WARの大義は評価されるべき
このWARをめぐってはたびたび論争が巻き起こってきました。
実際、WARが欠陥指標だと主張する根拠として、上記の鳥谷選手とバレンティン選手のケースを例に挙げる人もいます。
(ホームランの日本記録を打ち立てたバレンティン選手のWARが鳥谷選手より低いという時点でWARは欠陥指標と言わざるを得ない、このような論法です。)
確かに、WARは完全な指標とは言えず、特に野手に比べて投手の評価は我々の直観と大きく乖離するケースが多々みられます。
(上で挙げた2013年は東北楽天イーグルス所属の田中将大投手が前人未到のシーズン24連勝かつ無敗の大記録を成し遂げた年でもありましたが、この年の田中選手のWARは8.2で前述の鳥谷選手に劣る結果となっています。24連勝という偉業や貢献度を十分に反映できているとは確かに言い難いのです。)
しかしながら、打撃・守備・走塁・投球といった異なる性質を持つ要素を単一の指標に組み込んで評価しようというWARの大義は評価されるべきだと私は考えています。
事実、日本よりもデータを重視する傾向になるMLB(メジャーリーグ)ではMVPの選考にこのWARが重視されていると聞きます。
こうした合理的な考え方は日本、そして一般の企業も見習うべきだと私は考えています。
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